2016/7 [HOME]

++ 日記 ++

2016/7/30(SAT)
娘の長男、6歳が一人で飛行機できのう来た。
きょう、妻と3人で鳥海山に向かった。5合目に車を置いて、5分も歩いたら、もう疲れたと。きっとただ好きなように楽なようにしたいだけなんだ。蜻蛉が多い。気づくとホントに多くいる。ナス渓谷を望む展望台で遊ぶ。トンボとり。なかなかつかまえられない。妻、2、孫2、おれ、0だったのが、最後になって、オニヤンマをつかまえたりで、おれ4、孫4、妻2になった。どうでもいいことだけど。トンボはすぐに放した。オニヤンマが追いかけてくる。すごい迫力。

2016/7/28(THU)
122-4
レースのカーテンがゆれている
ゆれているのはゆらすものがあるからだ
レースカーテンの外にはガラスの窓
その窓が少しあいている 
あいているところに網戸があって
虫を通さず 日の光と風が
網戸を抜けて入ってくるのだ

風
風はただの空気の流れに過ぎないのだろうか
適度な強さの適度な温度の風に吹かれたときの心地よさよ

欠けた湯呑のため息のような
穏やかな励ましのような
自然という生き物のつぶやきのような


風がレースのカーテンをゆらしている
風はぶつかることで、そこにいることを告げる
「主体的」ということばが浮かぶ
風はいのちではない だが主体的にかかわる
(太陽はまだ高い いまからでも間に合うかもしれない) 
うながすように風がカーテンをゆらしている

2016/7/21(THU)
122-3
レースのカーテンがゆれている
ゆれているのはゆらすものがあるからだ
レースカーテンの外にはガラスの窓
その窓が少しあいている 
あいているところに網戸があって
虫は入らず 日の光と風が
網戸を通って入ってくるのだ

風
風はただの空気の流れに過ぎないのだろうか
適度は強さの適度な温度の風に吹かれたときの心地よさよ

誰かのため息のような
穏やかな励ましのような
自然という生き物のつぶやきのような


風がレースのカーテンをゆらしている
風はぶつかることで、そこにいることをおしえる
「能動的」ということばが浮かぶ
風はいのちではない だが能動的
(太陽はまだ高い いまなら間に合うかもしれない) 
うながすように風がカーテンをゆらしている

2016/7/16(SAT)
122
レースのカーテンがゆれている
ゆれているのはゆらすものがあるからだ
レースカーテンの外にはガラスの窓
その窓が少しあいている 
あいているところに網戸があって
虫は入らず 日の光と風が
網戸を通って入ってくるのだ


風がレースのカーテンをゆらしている
風はぶつかることで、そこにあることをおしえる
「能動的」ということばが浮かぶ
風はいのちではない だが能動的
(太陽はまだ高い いまなら間に合う) 
うながすように風がカーテンをゆらしている

2016/7/14(THU)
121
「僕はきょう、見た」「僕はきょう、聞いた」「僕はきょう、感じた」という書き出しによる詩。「瞬間の王」が僕に微笑むか。
苦虫なら、噛んでおれ。それも色合いぐらいになるだろう。(これは作品ではない。したがって詩とは言えない。じゃ、なんだ。わからない。これが答えの一つ。

2016/7/12(TUE)
120
不意に思う
なぜ「トマト」は「トマト」という言葉から逃れられないのか
なぜ「ト」や「トマ」や「トマトマ」や「トマトマト」はあの
くだものか野菜かわからない赤い酸っぱい植物を意味しないのか
なぜおれはこんなことをことばにしてここにかいているのか
きっと「かわ」という漢字が四本や五本の縦線ではなぜいけないんだとおもったからなのかもしれない
「つき」と「ひ」だってあやしいものだ 「月」があぐらをかくと「日」になるじゃないか、ほとんど
不意に思う、って、ことばとあそぶことができる。たのしい。

120
ふいに思う
なぜ「トマト」は「トマト」ということばから逃れられないのか
なぜ「ト」や「トマ」や「トマトマ」や「トマトマト」は
あのくだものかやさいかわからないあかいすっぱい植物をゆびささないのか
なぜおれはこんなことをいかにもたいせつそうにここにかいているのか
きっと「かわ」の漢字はなぜ四本や五本の縦線ではいけないのか
と思ったからかもしれない
ふいに思う、ってロンリテキな下準備もいらないから、たのしい。

2016/7/11(MON)
120
無名の、120と記された詩の十数行が、一瞬にして消えてしまった。たったいま。そして、書きかけの「なぜ」という象徴的なことばだけが残った。
今は、とても思い出しながら、また書く気になれない。

2016/7/9(SAT)
◢雨の日が続き、川が、最上川が増水し、やっと一息止んだので、Iさんと示し合わせて浜に行った。北の何時もの場所は波もなくよさそうなのにダメ。フグが三つ上がったきり。荒れた後だからからかと思い、南の小さい湾のようになっているところで投げたが、5センチぐらいのが一つかかっただけでやはりだめ。どうしたことだろう。1週間前、Iさんはここで44匹あげたらしい。それなのに今日はボーズ。まったく海の気持ちはわからない。ボーズは仕方ない。けれど、なぜ来ない。理由は何だ。
◢まだ水が心なしか濁ってるから、餌が見えないのか。
◢なげるたびに海藻が上がる。針に海藻がからんで、餌が見えないのか。
◢大量の雨と川の水が流れ込んで、海水の質が変わり食欲をなくしているのか。
などと、釣れない原因を、妄想しているのでした。

2016/7/3(SUN)
��きのう、冷凍庫から出して柔らかくなったキスを調理する。先にネットで、キスのテンプラ用のさばき方を見ていたので、アジキリを手に、まだ慣れない手つきで背開きしてテンプラ用の形にしていく。ウロコと腹はとってあるから、頭を落として、背なかに包丁を入れる。なかなか中骨が邪魔して思うように進まない。
メゴチを入れて三十数匹を裁くのは、結構時間がかかる。けれどいい練習。自分の遊びの始末は自分でしなきゃね。
��大皿に山盛りの鱚のテンプラと母が庭から摘んできたシソの葉とわさび菜とアスパラガスのかき揚げを楽しんだ。まったく、うまかった。お腹いっぱい。どうしてくれるんだ。
��これで釣ったキスは冷蔵庫からなくなった。大手を振って、釣りに行ける。今年はずいぶんお世話になった。ありがとう、キスさん。
��7月のこの季節には、そんなに遠く沖に投げなくてもいい。
そろりそろり引いてきて、そろそろという辺りで、クイときて、グググッともっていくあの引きは、快感というしかない。
��



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